
Artist's commentary
パンスペルミアとその虫
パンスペルミアとその虫(生命枝計画 3号作品集)
男が流れ着いた先は独特の風習や掟を持った女性だけの島だった。
彼女たちの用いる言葉を理解することで物語は分岐していきます。
●本編セット(BOOTH:https://booth.pm/ja/items/7027991)
・メインビジュアル(ロゴ入り縮小版)
・パンスペルミアとその虫(エンディングA)
・エンディングB
・エンディングC
・エンディングD
・エンディングE
●計画応援セット
・メインビジュアル(無編集原寸サイズ)
・島語辞書
・設定資料(モリス、マトリ、トレム、ほか4枚)
(BOOTH個別販売200円:https://booth.pm/ja/items/7028066)
(ファンボックス支援500円:https://kohatazuke.fanbox.cc/posts/10028880)
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本編冒頭
「ここは……」
波の音に目が覚めた。
船室のベッドで寝ていたはずが、気が付けば寝床は砂浜だった。
動かすまでもなく全身が痛み、服はボロ布に、体は傷だらけになっている。
全身を経験したことがない感覚が襲っていた。
ゆっくりと体を起こし近くにある岩に背中を預ける。
日は真上、日暮れまでは多少なりとも猶予がありそうだった。
見渡せば周囲にはいくつかの島が見える。
大陸のようには見えないが幸いなことに一定の人家らしきものも見えた。
助けを求めるのであればそこへ行くしかないか。
船はどうなったのだろうか。
仲間は?
……仲間?
俺には仲間がいたのか?
考えようにも痛む体が思考を邪魔している。
浜辺を見渡しても他に流れ着いた者の姿は見えない。
運が良かったのかもしれないが、船が沈んだ時点で秤は振り切れている。
「お、なんか流れ着いてる」
人の声がする。
重ねて運が良い。
助けを求めて集落まで歩く必要がなくなったかもしれない。
「なに? どっち、モニカ? モリス?」
「モリスだな。言葉、英語解るか? 英語だ、伝わってるか?」
「俺は……モリスじゃ、ない」
「お前はモリスだよ。オーケー、ダイジョブだ、英語話者だ」
変な女たちが、俺のことをしきりにモリス、モリスと呼ぶ。
俺の名前は……。
「いや……あれ」
「どうした?」
「あ、いや、名前が思い出せない」
「頭でも打ったんだろ、近くで船が沈んだらしいから見に来たんだ。ここ辺りは潮の流れが頭おかしくて年中船が巻き込まれる。運が悪かった奴らはみんな海の底で魚の餌になった。もっと運の悪いのはパイレーツになった。あんたは十分にジャミーターツだよ」
「海賊……?」
「モリス、大丈夫?」
英語話者のようだがどうにも妙な独特な言い回しがある。
訛りというよりは言葉を間違えているようにも聞こえた。
そしてどうにも俺はモリスらしい。
「ああ、駄目だ、無理だ。モリスでもいい、何でもいい、助けてくれ」
「いい心がけだ、お前体重は?」
「え? いや」
「体重だよ、ドンぐらい重いんだよ」
「いや、どうだろう、80はあると思うが」
「んじゃいけるだろ」
いけるだろう、と言うのはまさか持ち上げる気だろうか。
いくら鍛えていたとしても無理がある。
女二人でも厳しいだろう。
そんな物言いたげな俺を黙らせるように女は俺をそのまま背負いあげた。
「う……あだだ、嘘だろ、だ、大丈夫か、本当に持ち上げるとは思わなかった」
「いや、このシッター、ほんとクソ重いぞお前。100キロ近くあるんじゃないか」
「流石にそこまでは無いが……すごい力だな……」
他人を気遣えるほどの余裕がないのは事実だった。
妙な事態にせよ助かったことで張り詰めたものが切れた。
じわじわ思い出すように痛みが増して来る。
女に体を委ねて次第に俺の意識は遠退いていった。
意識が途切れる間際、空に何かが見えた気がした。
遠くに見える島の直上に何かが浮いているように見える。
それはとても巨大で。
巨大な、それは。
まるで家のようだった。
家?
家が浮いて。
突然遮られるように意識が落ちた。
次に意識を取り戻したときは俺はベッドの中に居た。
どこかの少し薄暗い部屋。
島に居るとは感じにくい、質素だが整った部屋だった。
蛍光灯もあり、電気も通じているようだ。
時間感覚がない。
今が朝なのか夜なのかも判然としない。
数日……下手をすれば一週間以上寝続けていた可能性もある。
体には既に包帯のような薄いきれいな布が巻かれており、傷は全て処置がされていた。
ただ、頭痛がする。
痛みと言うよりは何か不確かなものが埋め込まれているような異物感があった。
直接触れてみると傷も無く普通に皮膚の感覚があるだけだ。
何かもっと頭の奥の方に何かしらの違和感がこびりついていた。
程なくして口の悪い方の女が入ってきた。
「ノックの文化は?」
「その様子だと随分と元気になったみたいだな。ノックってなんだよ、コスモスの文化か?」
「ノックって言うのは……まぁ、なんだ、助かったよ、感謝する……コスモスってなんだ?」
「コスモスは……なんて言えばいいんだ? 何と言うかここ以外のことだ。あんまり気にすんな。幸い骨は折れてなかったみたいだが体はめちゃくちゃだ。本当にジャミーだよ」
「あ、ああ、そうだな、そのようだ。ええと、あー」
「なんだよ」
「あ……いや、どうにも話しにくい、名前を聞いていいか?」
「ああ、マトリだ。よろしくモリス」
寝て起きてもまだ俺はモリスだった。
何かの悪い夢のようだ。
都合も悪いことに本当の名前は一向に出てこない。
ほかにも取り落としている記憶があるかもしれない。
まだ頭はぼやぼやとしており、忘れている事すら自覚できないでいる。
今の自分がひどく不完全な物であるような感じがして不安になった。
「マトリ、よろしく」
「ああ、よろしくな、仲良くやろうぜマイト」
また解らない言葉。
「なんて、ああ、いや、お前たちは英語話者のようだが、時々よく解らない言葉が混じる、この島独特の方言か?」
「んーとだな、厳密にはそうじゃない。この島の連中は大半がバイリンガル、トライリンガル、クワドロリンガル以上も結構いる。だからこう……混じりやすいんだ」